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    黄金の金玉を知らないか?

    一昨日の7月26日は記念すべき銀河紀元元年でした。

    なんという素晴らしき日だったのでしょう。

    個人的にも素晴らしい日でした。

    ちょっとこちらの滝沢さんの記事を読んで頂きたいのです。

    この中の

    これから人同士の繋がりで大切になるキーワードは「同じであること」ではなく「違いがあること」です。

    何も特別に同じ方向性や価値観、意識を持っている人々がただ集えばよいのではなく、もっと大切なのは「一人ひとりが違うということを認めて受け入れること」であり、これが出来る人達は無敵となります。

    人の命や魂は平等でも、この三次元世界での人間は決して平等ではなく、それぞれに「違い」があると思います。それがあの世とこの世の違いでもあり、三次元世界の醍醐味でもあるのですが、それを今の社会は強引に何もかもに基準をもうけ、無理矢理平等にしようとしています。これは曲がっているキュウリは商品にならないという現代の規格野菜と同じ状態です。

    この世界では「同じ」存在を探したり、相手に「同じ」を求めることは不可能だと思いますので、それよりは「違い」を理解して受け入れることが、最もシンプルであり永続する人付き合い、村構想や国づくりのポイントになると思います。

    コミュニティにしても、何か組織とした時点で崩壊へと向かうと思うので、これから先は、この視点を大切にしながら活動をはじめていきたいと思います。


    このタイトルにもなっているように違いを受け入れるという部分がこれから最も大事なポイントではないでしょうか。

    要は受容の精神ですね。

    「黄金の金玉を知らないか?」という一見ちょっと怪しい名前でブログをやっておられる有名な「ふぐり玉蔵」さんという方がいます。

    一昨日はこの方が行っているイベントに参加して来ました。

    お会いするのは初めてですし何せブログのタイトルや、ヒャッハーとかスカポンチンとかいう語句が出てくるブログなので正直まったく不安が無かった訳ではありません(苦笑)

    常識的観念とは怖いですね。そんなものが時に邪魔をします。

    ですが、ブログに書かれていることがどう考えてもマトモだと感じたので一度交流をしてみたいと思いました。

    実際に会ってみれば自分の魂がいつも正解を教えてくれるし、その人の霊性のようなモノも教えてくれます。

    確かに僕だって大勢の人が批判などをしていれば少しは動揺してしまうし、会ってもいないのに少し不安になります。

    25年間生きてきた分ほんの少しだけ洗脳もされていますから。

    自分で確かめてもいないのに大勢が黒と言えば白も黒なのかな?みたいな。

    某掲示板などでは、上の白黒で例えると、批判している人達が黒だと言っています。

    しかし一昨日お会いしたところ真っ白だと魂が教えてくれました。

    違いを受け入れてて、すごく受容的なんです。

    人のエゴにまったく反応しないんですよね。

    エゴには悪性と良性があると僕は思っていますが、

    悪性のエゴにはネガティブ(負の力)が含まれていて、玉蔵さんにその悪性のエゴを振りかざしてもまったく効果がないというか、普通そのエゴを受けとると人は反応して負の力で応じるんですがそれが無いんですよ。

    それは違いを受け入れてるからこそで、受容しているからなんだと思います。

    さらに受容する事(包み込み)で相手の悪性エゴから生まれる負の力を浄化するというそんな力を玉蔵さんに感じました。

    玉蔵さんは300人委員会を創りたいと言っていました。

    その名もフリーソーメン(笑)(ブログ読んでて思うんですが玉蔵さんユーモアセンスありますw)

    これは某秘密結社と内容は正反対で、ケンカしている人に対して「まぁまぁ」と言って仲裁というか包み込む事が目的のようです。

    素晴らしい発想ですね。

    これはエゴに反応しない人でないと出来ませんね。

    またエゴに反応しない人ってものすごく客観的だと思うんですよ。

    エゴに自分の思考や心を奪われないので魂でモノを考えるしバランスが凄く良いと思いました。

    僕は以前「宗教なんかいらない」と書きました。

    もちろん今でもその考えは変わっていません。

    もちろん玉蔵さん達も宗教などではありませんでしたよ。

    あえて言えば宇宙の法則に従ってあらゆる存在と共生(協生)しているという事だけでした。

    現金を集める事もしませんし詐欺集団でもありません。

    さらに教えを説く事も特にしません。

    ここ大事だと思うんです。

    自分の主張を他人に一切押し付けないんですよ。

    なぜかと言うとそれは受容的だからです。

    相手を言葉や理屈で納得させてどうこうと言う事はありません。

    理屈ってしょせん理屈ですから。

    理屈よりも大事なのは魂が震え上がるほど感動する事です。

    玉蔵さん風に言うと金玉が震え上がるほど感動する事です(笑)


    昨日は玉蔵さん含めその仲間達に感動しました。

    これはね、理屈じゃないんですよ。

    玉蔵さんの事ばかりでしたが、そこに集まった仲間の方達も普通ではありません。

    皆さんに今の社会的常識を振りかざしてもは一切通用しません。

    さらに宇宙の法則を振りかざしたときには「そうだよね」と当たり前のように返って来ます。

    みんな理屈じゃなくて魂に正直に素直に生きている、また生きようとしていると感じました。


    人を突き動かすもの、人を元気にする一番の処方箋は感動だと僕は思っています。

    病気に一番効く薬はなんですかと尋ねられたら僕は感動と答えます。

    感動(心の動き魂の動き)はDNAや細胞に変化をもたらします。

    肉体は細胞やDNAと直結しているので当然変化があると思います。というか肉体自体が細胞と言った方が正しいですね。

    いつかかならずこれがオカルトではなく科学的に立証され当たり前になる事を切に祈ります。

    実際「祈り~サムシンググレートとの対話~」という映画で、人の想念がエネルギーを持ち、それが変化をもたらすということが科学的に立証され始めました。

    ということは想念がエネルギーを持つのであれば心が動く感動もかならずエネルギーを持ち変化をもたらすと思います。


    さて、一昨日は銀河紀元元年でした。

    このような日にこんな素晴らしい出会い(感動)を出来た事は何かしらの意味があると思っています。

    この出会いは僕の夢である「地球を優良惑星にする」という途方もない目標のスタートラインに立てそうです。

    また個人的な目的というか今欲している事は感動です。

    これは目に見えない力をもっともっと感じたいということです。

    自然の偉大さを心の底から魂で感じ感動したり、人との繋がりの素晴らしさなどです。

    今ある欲と言えばこのぐらいしかありません。

    これは良性エゴだと勝手に思っています。

    明日は故郷カフェに泊まりに行き、ありがたい事に農業体験もさせて頂きます。

    楽しみだな~


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    動物について。自然について。その偉大さについて。

    6月の末に子猫がやってきました。

    もちろんペットショップなんかで買った訳ではなく、遠い知り合いの飼い猫が3匹産んだということなので譲り受けました。

    まだ3ヶ月ちょっとの子で毎日元気に走り回っています。

    ハル1
    ハル2
    ハル3

    僕の家では小さい頃から犬や猫やウサギなど常に何かしら動物がいました。

    「動物好きに悪い人はいない」

    これはよく聞く言葉です。

    少し意味合いが違って来ますが僕もそう思います。

    僕は動物との接し方で一番大事にしていることがあります。

    飼ってあげてるとか可愛がってあげてるんだという心の在り方ではなく、飼わせて頂き可愛がらせ頂いているんだという事です。

    なぜこのような考え方になったかといういうと「動物は植物などと同じように自然である」という考えから来たものです。

    もっと言えば地球そのものであるという事です。

    自然は互いが共生し、互いが与え合って生きています。

    またその「与える」対象は自然だけに留まらず人間にも及んでいます。

    さらにその中で一番素晴らしいことは、

    与えられる側の気持ちや状況に関わらず常に与え続けている事です。

    人が自然に感謝を持たずとも、愛情を注がなくとも、川は流れ渇きを癒し、太陽は光を注ぎ植物は育ち我々の飢えを凌がせています。

    それと同じように犬や猫もこちらの気分しだいで接し方がコロコロと変わっても、常に僕たちの心を癒し愛を与えてくれます。

    動物と家の中で共生する事で、可愛がる事で満たされているのは人間側の方です。

    人はこれらの自然に感謝をしなければいけません。

    このような事から感謝の意も込めて可愛がらせ頂くという心の在り方に繋がりました。




    これらを踏まえさらに深く自然の在り方を見てみるととてもすごい事に気が付きます。

    それは人類へ究極の教訓を地球誕生以来ずっと唱え続けていることでした。

    1.共生(協生)すること
    2.GIVE&GIVEであること
    3.感謝をすること
    4.愛し合うこと


    この4つを完璧な形で表しているのが自然(地球)だということに気が付きました。

    自然は共生(協生)しており相手の状況、心情に関わらず常にGIVE&GIVEです。

    そしてその所作がまさに愛し合っているんだということに人間が気付き、さらにそれらを気付かせてくれた自然に感謝をする。

    このような完璧な「教え」のサイクルがあることに気が付きました。

    自然と触れ合うと誰もが穏やかな気持ちになります。

    旅行などで山登りや海など自然がたくさんある所へ行くと心がリフレッシュされますね。

    また自分は何をやっているんだろうと我に返る事があります。そしてパワーを与えてくれます。

    なぜこのような事が自然の中に身を置くと沸いて来るのだろうということを深く正しい方向で洞察してみるといろいろな事に気が付きます。

    そしてそれに気が付き全てに感謝を持ち始めるということが一番大切な事で、自然が一番望んでいる人類の姿だと思います。

    自然はサムシンググレートです。

    自然は常に完璧で人間は未完成でした。

    だからこそ成長するために考える能力を持っているのだと思います。

    人は自然ではありません。

    人が成長するために地球が人に与えられ自然が存在する訳です。

    自然ではないからこそ、未完成だからこそ人は個別の魂を持ち自然は全体で1つの集合体なのだと思います。(自然は既に完成されていて、同じベクトルへ向いている1つの集合意識)

    これらは一番最初のステップで、これに心の底から気付き感謝を持つ事がアセンションに近づくというものだと思います。

    ニビルがどうとかマヤがどうとかイルミナティがどうとか難しい事などわからなくても知らなくてもいいのです。

    むしろ知らないほうがいいです。

    これらは未完成な人が知ると少なからず考えに邪念が入り本当に在るべき姿から遠ざけてしまいます。

    それを知るのは自然のサイクルから学べるような本当に人類に学んで欲しいことを学習した後でいいのです。

    またさらに、こういったことにばかりに目を向けるとエゴによる知識的な精神的傲慢さに繋がります。

    僕は、まずは自然と向き合い地球から学ぶべきだと思います。

    何事も順序を間違えてはいけません。

    また気分しだいで動物などへの接し方が変わるのもそれは精神的傲慢です。

    この場合はエゴが強い人で結局は自分主体の人が多い気がします。

    こうやって自然との接し方で人を見るとその人の霊性の高さがなんとなくわかってきます。

    最後ですが、一番伝えたかった事は、

    自然は常に完璧でその所作、在り方は人類が目指すべき事だということです。

    サムシンググレートが地球で我々に学んで欲しいことは、自然が常に唱えている上に書いた4つの事だと言う事です。







    <おまけ>
    元々飼っている約5歳の♀猫
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    ブログのプロフィール写真でもある、半年足らずで逝ってしまった♂猫
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